意外となんとかなる日記

世迷言を心に、綺麗事を頭に

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インターネットなどの技術は便利をもたらしたか

その昔、約20年弱ほど前は、インターネットに接続接続するには従量課金制でした。べっこうあめとかの時代です。

しかし、今やスマホで常時接続が当たり前で、「今飲んでます、ウェーイ」画像をツイッターにアップロードし、世界中に見せることができる時代です。

 

ここで思うのは、20年前の私だったら容易に炎上する投稿をしただろうな、と思います。いや、絶対してますね。なので、私が若い時に不便でよかったと思うのです。

 

 

ちょっと見方を変えると、昔はあらゆるモノのリソースが限られていて、そのモノが持っているポテンシャルを引き出すことはよいことでした。違う言い方ですと、義務に近いような感覚です。

モノを大事にしなさいと育てられた世代ですので、モノを熟知し必要な瞬間にそのモノの力を行使することは大事なことだと育ちました(我が家だけかもしれませんが)。

 

しかし、今私の手元にiPhone6がありますが、これを使い切るにはいったいどれだけの時間がかかるか想像もつきません。とても高度な技術で作られており、なおかつその技術を活かすアプリも無数に存在します。

例えば地図のナビゲーションなど、とてつもない精度で豊富な情報をもたらしてくれます。今ここに居ますなど皆に知らせることができ、モノの力を行使しています。

 

ただ、ここに居るということは家に居ないと同意です。写真もいつでも撮れますが、撮ってはいけない時や場所もあります。

 

つまり、モノのポテンシャルが非常に高いにもかかわらず、使ってはいけないケースをより多く想定しなくてはいけません。便利になったはずなのに窮屈な印象を受けます。

 

こんな便利な時代になってもかわらないのは、人は一人では生きていけないということです。

何が言いたいかというと、先生、ウェーイがしたいです・・・。

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