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意外となんとかなる日記

世迷言を心に、綺麗事を頭に

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どうせ社畜にしかなれない?だったら自分で起業した会社の社畜になればよい

今日のポエム 人生観

会社辞めたい、仕事辞めたいと思うことが、日に日に多くなってきました。みなさんは元気でお過ごしでしょうか。

 

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転職すればいいのでは?と思われるかもしれませんが、年齢的においしいところは過ぎてしまいましたので、タイムオーバーです。また、いくつかの会社を見てきて、どの会社に行ったとしてもあまり変わらないな、ということを見ています。

 

そもそも会社というのは社畜しか不要ですし、また、一定割合で合わない人が絶対居ます。

 

さらに今時点の見方は、「会社=宗教」と見えるようになってしまいました。

会社という神が居て、社長という神の使いが居て、社員という従者達がいる。という設定です。

 

神は神を信ずる者(外部の人)に対して、なんらかの恩恵を与え、代価としてお布施を頂く。

神が神を信ずる者に対して恩恵を与えるためには、どうしても従者達を経由しないと恩恵を与えることができない。

また、神は従者達の暮らしが困らぬよう、お布施から分配を行う。これによって従者達は神に付き従うことができ、暮らしを営んでいくことができる。

 

 

基本的な設定はこのようなイメージです。ここから掘り下げます。

 

そもそも神から見れば、使いも従者も同じ歯車である。

(一応法律上「会社」という仮想人格が存在することになっていたと記憶しています。会社が社長に社長業を依頼している形で。)

 

また、従者同志でなんらかのいざこざがあることは当たり前。とくにお布施の分配については四六時中もめる。

なかにはそのいざこざを解決することが、本来のなすべきことだという従者も出てくる。

そもそも神を信ずる者に対して恩恵を与えることが、神の存在意義であるのに、それより優先順位が高いのか。

しかし、それも正しい。なぜならば、神は従者がいなければ神としていられないため。従者を離れないようにすることで、神が神として存在していられるのだから。

 

 

と、ここまで書いてみて、やはり会社勤めというのは私の肌に合わないと再認識しました。

なぜなら「私が考えた神」ではない何かに仕えるからなんですね。こう考えるとすんなり腹に落ちました。

間違っているのかもしれませんが、「起業=自分で神を作り、従者になる」ということだという認識です。就業規則とか自分で作ればよいのですから。こうして、ぼくが考えた理想の世界を作ればよいと。

 

ただ、最初の方にも書きましたが、私が考えた神を信じてくれる人が居ないと成り立たないのです。

私が考えた神を周りの人が神としてみなしてくれるかどうか? これが難しくてとても大切なこと。

 

  • 何をもたらしてくれるか(効果)
  • 布教の仕方(プレゼン、営業)
  • お布施の管理(集める、分配)

 

すぐに準備できるものではありませんが、少しずつ考えていきたいと思います。

 

よろしければこちらも。

suechan.hateblo.jp

 

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